なごり雪という歌はかぐや姫のメンバーが作詞・作曲しました。イルカのなごり雪もいいですね。「なごり雪」も「神田川」も青春の思い出が重なります。
なごり雪という曲はいつ聴いても胸に響きます。
なごり雪は元かぐや姫の伊勢正三さんがが昭和49年に作詞・作曲して、なごり雪 カバーを
イルカがして大ヒットした曲です。
「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる。季節はずれの雪が降ってる」伊勢正三本人は、
出身地である大分県津久見市の津久見駅をモチーフにしたと語っています。
このなごり雪という歌が流行していた昭和49年から50年ごろの日本は高度経済成長の真っ只中を
突っ走っていたように思います。
そして私も青春のど真ん中にいました。その当時に、なごり雪の甘いフレーズを聞いてもなごり雪の
歌詞を見ても、フォークソングより演歌が好きだった私にはあまりピンときませんでした。
ところが最近のことに、ドライブ中にラジオから流れてきたイルカのなごり雪の歌に、はっとしました。
なごり雪の歌詞は、私の青春時代を歌っている!そう思いながらいつしか聴き入っておりました。
当時はまだ新幹線がやっと博多まで開通した年で、東京に出てゆくのは夜汽車というのが定番の
時代で、そこにはホームでの別れの風景があちこちで見られたものです。
そして会うたびにきれいになってゆく彼女のことを思います。
なごり雪は映画になりました。
なごり雪は大林宣彦監督が大分県臼杵市でロケを行い『なごり雪』として映画化しました。
私は『なごり雪』をDVDで観ました。
もうすぐ50歳になる梶村祐作は28年一緒に暮らした妻のとし子に逃げられ、失意の
どん底にいました。
そこにかつての親友水田健一郎から電話が入ります。
水田の妻・雪子が危篤状態で帰ってきて欲しいとのこと。
祐作は故郷の臼杵に帰ります。
祐作は雪子の瀕死の姿を見て、一気に28年前に時代が繋がります。
3人で過ごした青春の日々。それは苦くも甘くも辛くもあったそれぞれの青春の日々です。
雪子は祐作に恋していた。それを知りながらも応えなかった祐作。
さらに東京の大学で知り合った恋人・とし子を連れて帰省し雪子傷つけた祐作。
それを知りつつ雪子に恋をしていた水田は傷付いた雪子をいたわり結婚します。
家業を継いで現実をしっかりと踏みしめてまっすぐに生きる水田と雪子。
今回の帰省と雪子の葬儀で祐作は自分の人生は一体なんだったのかと、いかにも生きた証の
少ない自分に気が付きます。
そして『なごり雪』のラストシーン、水田の慟哭に思わず涙が出ます。
『なごり雪』は、元かぐや姫の伊勢正三が作詞・作曲してヒットしました。
かぐや姫のメンバーはリーダーの南こうせつ(ギター)、山田パンダ(ベース)、伊勢正三(ギター)の
3人でした。
南こうせつと言えば名曲『神田川』があります。
何年か前にNHKで神田川が誕生したいきさつを放送していました。
それによりますと、歌詞は、南こうせつから作詞の依頼を受けた喜多条忠さんが、自分の学生時代の
ほろ苦い想い出を綴った内容です。
南こうせつはこの歌詞を聴いた瞬間に、もう曲の旋律がすーっと浮かんできたと言っていました。
『神田川』は団塊世代の人々が実体験として、閉まっていた部分を開いたような甘く切ない記憶を
呼び起こしたのではないでしょうか。
それは都会で学生生活をした人だけでなく、当時の多くの若い夫婦の生活もこんな状態でした。
風呂のない木造アパートから連れ立って近所のお風呂屋さんに行きます。
赤い手拭いマフラーにして・・「一緒に出ようね」って言ったのに・・
小さな石鹸 カタカタ鳴った・・
『神田川』のいろいろなフレーズにすべてノスタルジーを感じて胸が一杯になります。